ここまで旧約聖書の権威を理解は出来たと思いますが、まだ少し納得できない部分があるかもしれません。つまり、私たち、クリスチャンは新しい契約の下にあ ります。その新しい契約の下にある私たちは、どのように旧約聖書を読むべきかということです。また旧約聖書と新約聖書の関係は何だろうかということです。
神様の契約
ここでは神様の契約という観点から旧新約聖書を見てみましょう。 まず最初に
創世記12章1節-3節を読んでみましょう。 この預言は主イエス・キリストによって成就されるのです。
ガラテヤ3章6節-8節を 読みましょう。 主なる神は、天地万物が創造される以前から永遠の計画をお立てになっていたのです。そして、その契約は、まずアブラハムに啓示されました。「アブラハムに 前もって福音を告げたのです」という箇所を注意して読んでください。旧約聖書ではすでに福音が預言として語られていたということです。よく旧約聖書は、旧 い契約の書、新約聖書は新しい契約の書と思われがちです。その結果として、新約はよく読むけど旧約はあんまり読まないという人は多いのです。しかし、この ように聖書を分割することは神様の御心ではありません。むしろ、私は聖書を総括的に読む必要があると信じています。旧約聖書から新約聖書から神の働きの継 続性を考慮して読む必要があるのです。旧約聖書はちょうど舞台で言えば幕開けです。新約聖書はクライマックスを含めた閉幕に当たります。始めがあり、終わ りがあるということです。逆説的に言いますと、始めがなければ終わりもありえないのです。第一幕と第二幕があるように、聖書にも旧い契約と新しい契約があ ります。神の働きの継続性を認識しつつ、契約の違いを理解する必要があります。このように旧約聖書、新約聖書を神の計画という大きな視点で読むことによっ て、旧約聖書の重要度が理解できると思います。さらに、旧約聖書、新約聖書で啓示されている神は、ともに同じ神であり、唯一の創造主であることを忘れては なりません。
旧約と新約の対照的な関係
よく旧約聖書と新約聖書の関係は、対比して考えられます。たとえば、そのいくつかを挙げてみましょう。「預言と成就」の関係、「律法と恵み」の関係、ある いは「律法と福音」の関係、契約に関しては「物質的な契約と霊的な契約」の関係、神の御国に関しては「物質的な御国と霊的は御国」の関係といった具合で す。 旧い契約の下では、羊、ヤギ、牛などといった動物が罪の購いのいけにえとして捧げられましたが、新しい契約の下では、神様の一人子である主イエス様が自ら 私たちの罪の購いのために、いけにえとして捧げられました。ですから、私たちは罪のためいけにえはする必要がありませんが、その愛に応えて神様の僕として 自らを捧げることが求められているのです。このように、旧約聖書に新しい契約の大元になる形を見ることが出来ます。ヘブル書では、この関係を、新しい契約 を本物、旧い契約を影と説明しています。しかし、ヘブル書は、影を見ることによって、本物の良さ、本物のありがたみを知ることが出来るとも教えているので す。
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