解釈
このタイプのクリスチャンは、進化論を全面的に認めます。有神的進化論とも言えるでしょう。神を信じていますが、同時に進化論も信じてます。つまり、進化 論は神の計画の一部であったと言うのです。この主張は、当初、進化論と神の創造との妥協点を見つけようと考え出されたのです。すべての生物はアメーバのよ うな単細胞生物から発達し今に至っている、とこのタイプのクリスチャンは考えます。ですから聖書の創世記1章の記録は、本当の歴史ではなく比喩的に書かれ たものだというのです。
問題点
1.人間がアメーバから発達したという主張は、聖書の証言とまったく正反対です。さらには聖書そのものを否定することにもなります。聖書によれば人間は他の動植物とは区別され「神のかたち」 として創造されました。
2.しかし、このタイプのクリスチャンは 創世記1章が現代科学の知識のない人、古代人のためにこのように比喩的に書かれたと主張しますが、他の聖書の表現をどのように解釈するのでしょうか。たとえば、聖書には神は「 、、、、」 と言われた、とよく出てきます。これは聖書の著者が「神は言わなかったこと」 を知っていたが、モラルを教えるために神は言った、と書いたのでしょうか。または、聖書の著者の作り話でしょうか。このようなクリスチャンは聖書自体を否定することになります。
3.進化論は現在、公立学校で事実かのように教えられていますが、それが事実かどうかはわからないのです。進化論を証明するための確固たる証拠もありません。進化論は人間の推論であることを改めて認識すべきでしょう。
最終更新日: 2009年11月 8日(日) 16:44 JST|948 閲覧件数
コメントは投稿者の責任においてなされるものであり、サイト管理者は責任を負いません。