北朝鮮の拉致問題を考える時、大きな憤りを感じてしまうのは私だけでしょうか。拉致された人々のご家族のことを思うと、一人間として何を考えたらいいのでしょうか。
いつの時代でも、人間は政治という魔物に利用されているようです。国家と国家の利害関係の中で人は踊らせ騙されます。ある行い、たとえば日本人を拉致することが北朝鮮に有利になると、北朝鮮政府は考えたのでしょう。
一方で日本が第二次世界大戦で行ったことを考えますと、同じ事が言えないでしょうか。第二次世界大戦中、日本国民は大日本帝国政府の命令により朝鮮半島、中国、東南アジアまで勢力を伸ばして占領していました。戦争末期になりますと、政治家たちは絶対に負けると知っていても「勝ち続けている」と偽りの報道をし続けたのです。
一般庶民だけが政治に利用されて犠牲になっているように思えますが、実は、政治家たちも政治という怪物に動かされて侵略戦争または拉致を実行したことを知らないのです。

この地球上にある国家という単位は、人間が作り出したものに過ぎません。その小さな単位のなかで右往左往するのはやめて、もっと大きな視点で物事を見ることはできないでしょうか。つまり神様の視点からみることはできないでしょうか。拉致された人のご家族の一人の方が「朝鮮人は日本人をなめている」と発言していました。確かに「日本、眼中になし」が北朝鮮の本音でしょう。もし私が拉致被害者と同じ立場にたった時、私自身がどのような態度をとるか分かりませんが、次の事実だけは肝に銘じておきたいと思います。
創造主なる神様はすべての民族を愛しておられます。だからこそ一人子であるイエス・キリストを全人類のために十字架にかけて、神様は人間が罪から贖われることを望んだのです。同時に神様がすべての民族、すべての国々、すべての人々を裁く時がもうすぐ来ます。「その
時まで辛抱強く、朝鮮の人々にも日本の人々にも神様の愛を伝えていく」ことが、クリスチャンの役目だと思うのです。 拉致された人々の中には、すでに死亡してしまった人たちもいる、と報道されています。その成否はまだわかりません。私たちがわかることは、神様がすべてを知っている事、神様が最後の裁きをなさる事です。
最終更新日: 2009年3月 5日(木) 02:19 JST|3,920 閲覧件数
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