人間の罪
★はじめに★神の愛と人間の罪
★罪の概念
★罪の本質
★罪の奴隷
信仰
★はじめに★人間の心ー信仰と疑い
★イエス・キリストを信じる
★信仰の定義
★私の初めの信仰
★クリスチャンの信仰
★アブラハムの信仰からあなたへ
★従順な信仰
悔い改め
★はじめに★悔い改めの意味
★悔い改めの具体例
★
バプテスマ
★はじめに★神が制定したバプテスマ
★バプテスマの意味
★クリスチャンと十字架
★十字架とバプテスマの関係
★バプテスマの例
関連ページ
旧約聖書、神の計画
ローマ6章1節ー11節
それでは、どういうことになりますか。恵みが増し加わるために、私たちは罪の中にとどまるべきでしょうか。 6:2 絶対にそんなことはありません。罪に対して死んだ私たちが、どうして、なおもその中に生きていられるでしょう。 それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。 私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。 私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。死んでしまった者は、罪から解放されているのです。 もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます。 キリストは死者の中からよみがえって、もはや死ぬことはなく、死はもはやキリストを支配しないことを、私たちは知っています。なぜなら、キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、神に対して生きておられるのだからです。このように、あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。(ローマ6章1節ー11節)