生きる意味
人生の軸足をどこに置くか哲学者たちの考え
五木寛之氏の「人生の目的」
本の紹介本の結論
わたしの批評
聖書が教える「生きる意味」
人の価値神に似せられた者として生きる
キリストのために生きる
神の御国と義を求める
世の光、地の塩として
空しさから神の恵みへ
神を愛して隣人を愛す
むなしい人生
ある人がブログで「何をやっても空しい」と嘆いていました。もし生きる意味や人生の目的を見つけられなければ人生に空しさはつき物かもしれませんね。なぜって?この世の中にはあまりにも悲しいことが多すぎますから。
旧約聖書の中に「伝道の書」という書があります。(新改訳は「伝道の書」と訳しています。新共同訳では「コヘレトの言葉」と訳されています。)この著者はすべて人間がやることは空しいと証言しています。人間の行いはちょうど風を追うようなもので、追っても追っても無駄であるとも書いています。人間の栄光も名誉はいずれは消えていくものでしょう。それを追いかけて生きるのは空しいと。死は誰にでもやってくるのです。栄光と名誉も死の時には風のように吹いていってしまうのです。人々の記憶の片隅に残るだけでしょう。
最後にこの著者は次のように結論付けます。
すべてに耳を傾けて得た結論。「神を畏れ、その戒めを守れ。」これこそ、人間のすべて。12:14 神は、善をも悪をも/一切の業を、隠れたこともすべて/裁きの座に引き出されるであろう。(伝道の書12章13節ー14節)