十字架の意味

十字架の歴史的背景は何でしょうか。
イエス・キリストなぜ十字架で死んだでしょうか。
キリストの十字架についての預言はあるのでしょうか。
イエス・キリストの十字架の意味は何でしょうか。
十字架の歴史的背景
十字架の預言
イエス・キリストの十字架の意味

イエス・キリストの十字架の意味

(1)イエス・キリストの十字架は、神の子イエス・キリストが人の罪のために死んだという証です。イエス・キリストの十字架は、神に仕える者になるための道しるべを信じる者に与えます。
その弟子のうちの2人の母親がイエスに来てあることを頼みました。 それは2人の息子をイエスの両側に座らせ偉くしてくださいという頼みでした。イエスはこれに答えて次のように言いました。マタイ20章25節ー28節を読んでみましょう。イエスは自分自身の生きる目的をはっきりと明言しています。

人は、いつの時代でもどんな社会や国でも、自分自身の地位や経済的な安定を求めます。 これは人の一つの本能と言っていいでしょう。その本能に従って、結果的に人は自己中心的に生きているのです。その人の本能とまったく逆の行動をとったのがイエス・キリストでした。イエスは人のために仕えるため、人の罪のための贖いの代価として十字架上で死んだのです。 これは、今これを読んでいるあなたの罪のために死んだということです。

(2)イエスの十字架は、人に仕えるという究極の意味です。
イエスは、十字架の死によって身をもって仕えるという事はどういうことか弟子たちに教え、今もまた私たちに教えているのです。 (クリスチャンの十字架も参考にしてください。))これをまた違ったことばで言い表すのなら、次のようになるでしょう。イエス・キリストの十字架は、神の御前で人が謙虚になり神に従う手本を示しています。 ピリピ2章3節ー8節。

上記の聖句が証言しているように、クリスチャンは自己中心的に生きるのでなく、謙虚になり人に仕えることを覚え、イエスが十字架上で死んだように神に従うのです。 しかし、「神の子であるイエス・キリストがあなたの罪のために死んだ」とは、信じていない人は馬鹿げたことだと思うかもしれません。これがなぜ馬鹿げたことでないかを説明している1コリント1章18節ー31節を読んでみましょう。

十字架の言葉は、自分を高めようと考えている人には確かに愚かな言葉です。しかし、イエス・キリストを信じて豊かな恵みと憐れみを受けたキリスト者には、十字架の言葉は力であります。この世の知者、学者の言葉は、神の愚かさに比べても戯言に過ぎません。学者はすべてをわかっているような話し方をしますが、実は360度全角度から見られない限界があるのです。その意味では360分の一しか知らないとも言えるでしょう。

イエス・キリストはキリスト者の知恵の大元であり購い主であり、唯一の人生の師であり先生です。