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人生の方程式を求めて
野々垣 正信あれは1985年5月5日、水曜日の午後8時のことだった。私はアメリカの地でバプテスマを受けてクリスチャンになった。私が留学していた大学には比較的日本人は少人数で4人ぐらいしかいなかったと思う。その中でもアメリカ文化にかぶれた変な奴と思われていた。
私の思春期は、ごく普通の日本人の男子のように中学生頃から始まった。「人生に方程式みたいなものがあったらいいなあ」と考えるようになったのもその頃である。この探求の旅路は、高校、短大、社会人になっても続いた。まるで終わりがない迷路にさまよい込んだようだった。実際の人生では、方程式みたいなものはない。特にそれは自分で働いてみると実感できる。いつも1+1=2ではない。時には3でもありマイナスになることさえある。人生の裏表を見ながら、矛盾を見ながら何かやるせない、空しい気持ちを持ちつづけた。
ある男性雑誌の人生相談に仏教の有名な僧侶である今東光が「若い時には何でもやってみろ」のような事を書いていたの覚えている。他の人からも同じような事を言われて、何事も経験だと思い何でもやった。俗にいう「男の遊び」にふけていたのである。酒を飲んでは、年配の方と人生について語りあった。一晩中、飲み明かす事は毎週のようであった。人生哲学的についてのいろいろな本を読んだ。アブラハム・リンカーンやアメリカの大実業家であるカーネギーが書いた本、松下幸之助が書いた数冊の本、著者は忘れたが「転んだら起きなはれ」という本、豊臣秀吉、徳川家康、宮本武蔵など、古今東西を問わず様々な本を読みあさった。それでも「トンネルの中の光」たるものは見えてこなかった。
私が25歳になった時、心機一転アメリカ留学を考えて、翌年アメリカへ留学したのである。はじめの数ヶ月は見るもの、聞くもの、みんな驚きに覚えられた。徐々に英語も上達し半年も経つと、5,6歳年下の学生と日米の文化の相違談議に始まり、経済、政治まで話題が広がっていった。偶然知り合った老夫婦に一緒にしばらく住まないかと勧められ、ホームステイをするような家庭まで与えられた。
そんな時、カーネギーの本を思い出した。あの本は実業家の本であるが、何かというと「神を信頼せよ」など、私にはわけのわからない内容があったのが記憶に残っていた。そこで思った、「アメリカの文化はキリスト教に根付いて、聖書を理解すれば彼らの考え方もわかるのではないか。」そこで聖書を手に入れ、毎晩読むようになったのである。イエス・キリストは言っている。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」これを読んだ時、少々憤りを覚えた。こんな事を言える人間なんていない。しかし、日々聖書を読んでいくうちに、「この人はもしかしたら本当の本物なのかもしれない」と思い始めた。それでもクリスチャンになる気など毛頭なかった。それから、約1年半である。聖書を読んで読んで読みまくって、イエス・キリストはウソは言っていないと確信した。それが私がクリスチャンになる決意をしたときである。
もしクリスチャンにならなかったら、どんな人生を送っていただろうか。多分、東京の新宿かどこかで酔いつぶれて死んでいたか、ろくでもないことをしながら世の中を恨みながら生きていただろう。私の罪の為に死んでくださったイエス・キリスト、私に人生の意味を教えてくれたイエス・キリストに感謝である。
(東京都在中 40代 男性 横田キリストの教会にて奉仕中)