クリスチャン

クリスチャンの信仰告白です。
クリスチャンにならない人の理由もあります。

イエス・キリストを受け入れた理由

クリスチャンになった人たちの信仰告白

キリスト教否定の理由

クリスチャンにならない理由

クリスチャンの詩集

ハイネ・タカムラ詩集、グロリヤ詩集
愛と癒しの部屋へようこそ

関連ページ
神の救いの計画
お気に入りに登録

同じ聖書を読んでも

ある人は、素直にイエス・キリストの言葉を受け入れ、ある人は半ば受け入れながらも止めてしまいます。様々な動機があるでしょう。次のイエス・キリストのたとえ話は、人の反応の理由を説明しています。読んでみてから自問自答してください。自分はどの部類に入るだろうか?

イエスは、再び湖のほとりで教え始められた。おびただしい群衆が、そばに集まって来た。そこで、イエスは舟に乗って腰を下ろし、湖の上におられたが、群衆は皆、湖畔にいた。イエスはたとえでいろいろと教えられ、その中で次のように言われた。

「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出て行った。 蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ちた。すると茨が伸びて覆いふさいだので、実を結ばなかった。また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。」そして、「聞く耳のある者は聞きなさい」と言われた。・・・・・

また、イエスは言われた。「このたとえが分からないのか。では、どうしてほかのたとえが理解できるだろうか。種を蒔く人は、神の言葉を蒔くのである。 道端のものとは、こういう人たちである。そこに御言葉が蒔かれ、それを聞いても、すぐにサタンが来て、彼らに蒔かれた御言葉を奪い去る。 石だらけの所に蒔かれるものとは、こういう人たちである。御言葉を聞くとすぐ喜んで受け入れるが、 自分には根がないので、しばらくは続いても、後で御言葉のために艱難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう。 また、ほかの人たちは茨の中に蒔かれるものである。この人たちは御言葉を聞くが、 この世の思い煩いや富の誘惑、その他いろいろな欲望が心に入り込み、御言葉を覆いふさいで実らない。 良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて受け入れる人たちであり、ある者は三十倍、ある者は六十倍、ある者は百倍の実を結ぶのである。」(マルコ4章1節ー20節)



ソーシャル・ネットワーク
Yahoo!ブックマークに登録
このサイトをはてなブックマークに登録するHatenaにブックマーク

RSS.xmlファイル
BBS

その他


サイト運営者:野々垣正信
197-0003 東京都福生市熊川1148−3
電話:042-552-7964, 080-3391-6764