科学的世界観と聖書的世界観

科学に限界はあるのでしょうか。
聖書的な世界観と何でしょうか。
創造論は神話でしょうか。
進化論神の創造かどちらが真実なのでしょうか。

聖書と科学

はじめに

聖書と科学、問題点の特質

科学とは?

科学的世界観と聖書的世界観の関係

ビッグバンセオリーとは?その問題点

生命の起源

人はサルの進化型?

論争の争点

クリスチャンの違った理解

はじめに

進化論を認めるクリスチャンの主張

進化論を否定するクリスチャンの主張

第三の主張

神の創造の不思議

はじめに

地球上の陸地の位置と神のわざ

鳥ー驚くべきその姿

デザイン

月はチーズからできている?

なぜ神は蚊なんて創造したの?

科学的世界観、歴史観

現代の歴史学は、歴史を科学的な目でとらえています。歴史学者の第一の目的は、何がどのようにどこでいつ起こったかを、起きた年代順に従って説明していく事でしょう。第二の目的はそれに伴って歴史を解釈していく事でしょう。歴史学者にとって年代順序は、何が起きたかと同じぐらい重要な事です。なぜなら、それによって歴史の解釈が違ってくるからです。
 このように歴史と同様に、すべての科学分野は、(聖書を科学的に判断する場合、特に物理学、化学、地質学、生物学などが用いられます。)正確さが要求されます。実験にしろ論文にしろ、正確で緻密なデータによって成されるべきです。その正確さがなければ科学と呼ぶにはふさわしくないでしょう。
 しかし、科学自体にはモラルは存在しません。物理学、化学、生物学、地質学でも真理の追求という点については、モラルは関係ありません。しかし、人間としてのモラルはついてまわるものです。動物実験は適切な方法で行われれば、モラル的に許されます。しかし、人体実験は許されません。
 
聖書的世界観、歴史観
現代の歴史観が、年代を追って直線的に記録されていくのに対して、聖書が書かれた頃の歴史観は大まかでした。正確な日時、日付を記録する習慣はありませんでした。歴史的な史実を記録していく場合、正確さは現代科学や歴史学ほど重要ではありませんでした。このような文化の中で、神は様々な人々に神のみこころを啓示されました。啓示を受けた人々は、時間的な正確さではなく、神の啓示を正確に記することを重要視したのです。ですから聖書の記述が現代科学の目から正確ではないというのは、誤った判断だと思います。
 上記で述べましたように、現代科学自体にはモラルはありません。しかし、聖書と共通する点はあるのです。科学では人体実験はモラル的に禁止されています。それは人間自身が人間の命の大切さを知る良心を神によって与えられているからです。その意味でも、人は聖書を軽んじるべきではないと思います。
結論へ行って下さい