進化論とクリスチャン

科学に限界はあるのでしょうか。
聖書的な世界観と何でしょうか。
創造論は神話でしょうか。
進化論神の創造かどちらが真実なのでしょうか。

聖書と科学

はじめに

聖書と科学、問題点の特質

科学とは?

科学的世界観と聖書的世界観の関係

ビッグバンセオリーとは?その問題点

生命の起源

人はサルの進化型?

論争の争点

クリスチャンの違った理解

はじめに

進化論を認めるクリスチャンの主張

進化論を否定するクリスチャンの主張

第三の主張

神の創造の不思議

はじめに

地球上の陸地の位置と神のわざ

鳥ー驚くべきその姿

デザイン

月はチーズからできている?

なぜ神は蚊なんて創造したの?

進化論を否定するクリスチャンの主張

このタイプのクリスチャンは聖書の絶対的な権威と無謬性(聖書のことばには間違いはないという意味)という観点から進化論を否定します。進化論は人間の推論にすぎません。聖書で書かれている創造の歴史と矛盾するものは間違いなのです。もっと正確に言いますと、このタイプのクリスチャンは聖書の枠組みの中に科学を入れるわけです。(その逆に聖書の中に間違いを探す人は、自然科学の理解の枠組みの中に聖書を入れます。)進化論者たちは進化論は科学的な立証された事実であると主張するのに対抗して、このタイプのクリスチャンは聖書が科学的な文書であり、神の創造を科学的に証明しようとします。これは創造科学と呼ばれてます。これらのクリスチャンの主張には様々なものがありますので、そのいくつかを例としてあげてみましょう。その中には、極端なものもあるので、これらのクリスチャンすべてが一応に同じように考えているとは限りません。たとえば、このタイプのクリスチャンはノアの箱舟の遺跡が発見されたと発表し、これが聖書の創造の歴史を証明していると主張します。また、あるクリスチャンは(代表的な著者はHenry Morris)ノアの時代の洪水が地球的な規模で起きた事を科学的に証明しようとします。一般的に、このタイプのクリスチャンは、地球の年齢は6000年ぐらいだと信じています。

問題点
それは聖書が書かれた時代の世界観や文化的背景や歴史的な背景を忘れ、聖書が科学的文献だと主張していることです。私の考えは、聖書と科学の関係、現代科学の世界観と聖書的世界観の関係の中でも、書きましたが繰り返しその結論、次に掲載します。
1. 聖書は、天地万物を創造された神の聖霊によって導かれた人々によって書かれた書物です。神はこの天地万物を支配し、人間の科学を越えた方です。
2. しかしながら、聖書は現代科学の観点から書かれていません。そのために、人間的な目からすると矛盾に写ることもあるかもしれません。でもそれは科学も神の支配下にあるわけですから、本来、矛盾ではありません。
3. もし聖書と科学の間に矛盾があるとすれば、私たちの聖書の解釈が間違いであるか、自然科学の解釈が間違いであるかのどちらかです。
4. 聖書と科学は対立するものではありません。私の友人は今、米国のハーバード大学(Harvard University)で生物学を学んでいます。彼は心から生ける神を信じています。その他、多くの科学者がクリスチャンである事は知られています。
5. しかし、ある個人の聖書理解と科学の間に矛盾があるからと言って、人間の知恵によって調和させようとする事はやってはならない事です。ある人は、聖書がすべてだと断定し、科学的なデータの中から聖書に合わないものはすべて間違いだと主張します。またその逆に、科学的な論説(進化論など)を聖書に読み込んでいく人たちもいます。
6. 人は神によって考える頭脳と探究心を与えられました。その探究心によって人は自然科学を発達させたのです。現代に生きる私たちは、この科学の恩恵を毎日の生活で受けています。さらに人は地球と人間の起源について興味を持ち探求したのです。太陽系がどのように生まれたのか、地球はどのようにうまれたのか、人間はどのように今のように発達した頭脳を持つようになったのか、などの疑問を持ち探求しました。しかし、これらの疑問に答えてもそれは推測にすぎません。はっきりと断定できる科学者はいないでしょう。