こんにちは、お元気ですか。
わたしたちの生活には、どうにも判断に困ることってあるものですね。仕事において、家庭においていろいろです。あちらを立てれば、こちらが立たずといった具合です。袋小路に入ってしまったような感じでしょうか。イエス様が生きた1世紀も例外ではありません。ユダヤ人教師たちは、イエス様を袋小路に追い詰めようとしました。さて、今日はその一例を読んでみましょう。マルコ12章13節―17節を読んでみましょう。
12:13 さて、人々は、イエスの言葉じりをとらえて陥れようとして、ファリサイ派やヘロデ派の人を数人イエスのところに遣わした。
12:14 彼らは来て、イエスに言った。「先生、わたしたちは、あなたが真実な方で、だれをもはばからない方であることを知っています。人々を分け隔てせず、真理に基づいて神の道を教えておられるからです。ところで、皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めてはならないのでしょうか。」
12:15 イエスは、彼らの下心を見抜いて言われた。「なぜ、わたしを試そうとするのか。デナリオン銀貨を持って来て見せなさい。」
12:16 彼らがそれを持って来ると、イエスは、「これは、だれの肖像と銘か」と言われた。彼らが、「皇帝のものです」と言うと、
12:17 イエスは言われた。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」彼らは、イエスの答えに驚き入った。

ローマ帝国では税金を納めることは義務でした。ところがユダヤ人教師たちには、内心、ローマ帝国に屈服しているのはどうにも心情的に許せない部分もあったのです。そこでこのような質問をしたのです。イエス様が「税金を納めなさい」といえば、ユダヤ人としての誇りはどうなるかという非難を受けることになります。また「税金を納めるな」といえばローマ帝国の法律によって裁かれ逮捕されるでしょう。
イエス様は、わたしたち人間が逆立ちしても考え付かないような言葉で答えます。この答えからわかるように、イエス様は創造主なる神様の知恵に満たされた方なのです。人間の知恵ではこのような答えは出ません。わたしたちは、ただ単に神様の知恵に驚くのではなく、神様の支配と教えの前にへりくだり、神様の教えに従うべきなのです。
事実、この世のすべては神様の支配下にあります。わたしたちが支配しているかのように思っていても実は、すべてにおいてわたしたちは神様の恩恵がなければ存在さえ出来ないのです。
今の世の中の混乱を見て、天にいらっしゃるイエス様は何をわたしたちに言っているのでしょうか。「混乱に惑わされず、心を騒がさないで、神を信じわたしを信じなさい」とおっしゃっているでしょう。主なるイエス様を信じて新しい人生の出発を歩んでみませんか。
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