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耳の痛い話

  • 2009年11月28日(土) 08:40 JST
  • 投稿者:
    masanngk
こんにちは、お元気ですか。
 
今日はマルコ12章1節―12節までお読みします。
 
12:1 イエスは、たとえで彼らに話し始められた。「ある人がぶどう園を作り、垣を巡らし、搾り場を掘り、見張りのやぐらを立て、これを農夫たちに貸して旅に出た。
 12:2 収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を受け取るために、僕を農夫たちのところへ送った。
 12:3 だが、農夫たちは、この僕を捕まえて袋だたきにし、何も持たせないで帰した。
 12:4 そこでまた、他の僕を送ったが、農夫たちはその頭を殴り、侮辱した。
 12:5 更に、もう一人を送ったが、今度は殺した。そのほかに多くの僕を送ったが、ある者は殴られ、ある者は殺された。
 12:6 まだ一人、愛する息子がいた。『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、最後に息子を送った。
 12:7 農夫たちは話し合った。『これは跡取りだ。さあ、殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる。』
 12:8 そして、息子を捕まえて殺し、ぶどう園の外にほうり出してしまった。
 12:9 さて、このぶどう園の主人は、どうするだろうか。戻って来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない。
 12:10 聖書にこう書いてあるのを読んだことがないのか。『家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった。
 12:11 これは、主がなさったことで、/わたしたちの目には不思議に見える。』」
 12:12 彼らは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので、イエスを捕らえようとしたが、群衆を恐れた。それで、イエスをその場に残して立ち去った。

イエス様はご自分の民に来て創造主なる神様の教えを語ったのに、ユダヤ人教師たちは信じませんでした。信じなかった理由は何でしょうか。それは、彼らが真実を知ろうとはしなかったところにあります。耳の痛い話しという表現がありますが、イエス様の教えはまさに耳が痛い話であったのです。ですから、彼らは自ら耳をふさいで聞く耳を持たなかったのです。

これは残念なことです。神様の愛はこれらのユダヤ人教師たちにも注がれていたのに、彼らはそれに気づかなかったからです。神様の愛は十二分に感じるはずなのに、自ら心の耳をふさいで聞こうとしませんでした。まずは心の耳、心の目を開いてみましょう。いろいろ、雑音を消してイエス様の教えに心から耳を傾けてみるのです。きっとあなたの心にイエス様の愛が届くでしょう。

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