こんにちは、お元気ですか。
今日はマルコ10章1節―9節までお読みします。
10:1 イエスはそこを立ち去って、ユダヤ地方とヨルダン川の向こう側に行かれた。群衆がまた集まって来たので、イエスは再びいつものように教えておられた。
10:2 ファリサイ派の人々が近寄って、「夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」と尋ねた。イエスを試そうとしたのである。
10:3 イエスは、「モーセはあなたたちに何と命じたか」と問い返された。
10:4 彼らは、「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」と言った。
10:5 イエスは言われた。「あなたたちの心が頑固なので、このような掟をモーセは書いたのだ。
10:6 しかし、天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。
10:7 それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、
10:8 二人は一体となる。だから二人はもはや別々ではなく、一体である。
10:9 従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」

今日は結婚についてのお話です。最近は、晩婚が増えていて、結婚率自体も急激に減っています。一人のほうが気楽と考える人が多くなっているのでしょうか。結婚に幻滅を感じているのでしょうか。アダムとエバが創造された時から結婚は主なる神によって祝されています。女性は男性の助け手として創造されました。かといって女性が男性の下であるという意味ではありません。むしろ助けを必要としている方は男性ですから、男性の方が、多くの面で欠けているともいえるかもしれません。
ある特定の場合を除いて、一般論として結婚は主なる神の御心といえます。その逆に離婚は神の御心ではないのです。わたしと同じように教会で仕事をしていた知り合いがいますが、その人が離婚した時にはさすがにショックでした。奥様も知っていたので何ともいえませんでした。離婚は別れをもたらすだけではないのです。絆が切れた悲しみがあります。その悲しみを避けるためにも、相手のニーズを知りうまくコミニケーションをとるように努力するに尽きます。結婚は誰にとっても簡単なものではないでしょう。だからこそ、人一倍の努力が必要なのです。相手を責めずにまず自分を吟味することから始まります。これが人間関係の基本だからですね。
あなたは相手に対して良い感情をもっていないかもしれません。しかし、神はそのような人も愛してくださっていることを忘れてはいけませんね。だから、相手を愛する努力が必要なのです。
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