こんにちは、野々垣正信です。わたしたちが生きている人生には病気はつき物です。わたしたちは、肉体的に年々衰えていくんですね。誰もが死を迎えます。でもクリスチャンは死んでも生きると、イエス様は約束されました。そのイエス様はこの地で人間として生きていた間、多くの人々の病を癒したのです。不治の病も癒されました。今日はイエス様の癒しの業からお話してします。
マルコ5章24節からお読みします。
5:24 そこで、イエスはヤイロと一緒に出かけて行かれた。大勢の群衆も、イエスに従い、押し迫って来た。
5:25 さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。
5:26 多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。
5:27 イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。
5:28 「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。
5:29 すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた。
5:30 イエスは、自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆の中で振り返り、「わたしの服に触れたのはだれか」と言われた。
5:31 そこで、弟子たちは言った。「群衆があなたに押し迫っているのがお分かりでしょう。それなのに、『だれがわたしに触れたのか』とおっしゃるのですか。」
5:32 しかし、イエスは、触れた者を見つけようと、辺りを見回しておられた。
5:33 女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した。
5:34 イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」

イエス様に近寄ったこの女性は、何が何でも良くなりたかったのでしょう。わらにもすがる思いよりも、もっと強い意志と信仰をもってイエス様に近づいたのです。イエス様だったら必ず癒してくださると信じていたのです。
世の中には、目標をもって何が何でもやり遂げたいとか、幸せになりたいとか、健康になりたいと望んでいる方はたくさんいます。ある人は神社におまいりに行きます。ある人は占いを見てもらいます。またある人はいろいろな本を勉強するかもしれません。努力のかいあって、ある程度の成果はでるでしょう。急がば回れの諺どおり他の道があるのです。表面だけとらえていると見えない道があります。それはイエス様が用意してくれる道です。
この女性はそれがはっきり見えたのです。イエス様によって何でも可能だと信じたのです。そしてイエス様はそのとおりに答えてくださいました。イエス様がこの女性に言った言葉をもう一度聞いてみましょう。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」
イエス様は彼女の信仰に答えて彼女の病を癒したのです。「イエス様が自分の願いを聞いてくれたら信じる」と言う人がいますが、これは日本から古くからあるご利益宗教の考え方です。まずはすべては恵はイエス様を心から信じることから始まります。イエス様を信じることにより心に平安があたれられます。イエス様の手の中に自分をゆだねてみて下さい。
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