こんにちは、野々垣正信です。総選挙もようやく終わり、街中がちょっと静かになった気がします。政治の世界ではまだ興奮冷めやらぬといった状態でしょうけどね。
政治が変わっても人生そんなに変わるもんではありませんね。皆さんもそれはご承知でしょう。今日は人生を変える方をご紹介しましょう。マルコ5章1節からお読みします。
5:1 一行は、湖の向こう岸にあるゲラサ人の地方に着いた。
5:2 イエスが舟から上がられるとすぐに、汚れた霊に取りつかれた人が墓場からやって来た。
5:3 この人は墓場を住まいとしており、もはやだれも、鎖を用いてさえつなぎとめておくことはできなかった。
5:4 これまでにも度々足枷や鎖で縛られたが、鎖は引きちぎり足枷は砕いてしまい、だれも彼を縛っておくことはできなかったのである。
5:5 彼は昼も夜も墓場や山で叫んだり、石で自分を打ちたたいたりしていた。
5:6 イエスを遠くから見ると、走り寄ってひれ伏し、
5:7 大声で叫んだ。「いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。後生だから、苦しめないでほしい。」
5:8 イエスが、「汚れた霊、この人から出て行け」と言われたからである。
5:9 そこで、イエスが、「名は何というのか」とお尋ねになると、「名はレギオン。大勢だから」と言った。
5:10 そして、自分たちをこの地方から追い出さないようにと、イエスにしきりに願った。
5:11 ところで、その辺りの山で豚の大群がえさをあさっていた。
5:12 汚れた霊どもはイエスに、「豚の中に送り込み、乗り移らせてくれ」と願った。
5:13 イエスがお許しになったので、汚れた霊どもは出て、豚の中に入った。すると、二千匹ほどの豚の群れが崖を下って湖になだれ込み、湖の中で次々とおぼれ死んだ。
5:14 豚飼いたちは逃げ出し、町や村にこのことを知らせた。人々は何が起こったのかと見に来た。
5:15 彼らはイエスのところに来ると、レギオンに取りつかれていた人が服を着、正気になって座っているのを見て、恐ろしくなった。
5:16 成り行きを見ていた人たちは、悪霊に取りつかれた人の身に起こったことと豚のことを人々に語った。
5:17 そこで、人々はイエスにその地方から出て行ってもらいたいと言いだした。
5:18 イエスが舟に乗られると、悪霊に取りつかれていた人が、一緒に行きたいと願った。
5:19 イエスはそれを許さないで、こう言われた。「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい。」
5:20 その人は立ち去り、イエスが自分にしてくださったことをことごとくデカポリス地方に言い広め始めた。人々は皆驚いた。
悪霊に取り付かれた人が、イエス様の御前にきます。わたしたち人間はイエス・キリストを即座に神の一人子だと認識できませんが、悪霊に取り付かれた人はイエス・キリストが神の一人子だとすぐわかったんです。なぜでしょうか。悪霊に取り付かれた人もイエス様も霊的な力を持っていたからです。
悪魔の力、つまり悪霊は人間がどのようなことをやっても負かすことは無理です。悪魔は、霊的な世界の様々な霊を使って人間たちを苦しめ、また騙すのです。これが悪魔の仕事です。この悪霊に取り付かれた人は苦しんでいたのです。悪霊が彼の体を痛めつけ、また心をも蝕んでいたのです。誰も彼を助けることは出来ません。人間の力では無理です。
ところがイエス様は御言葉によってこの人から悪霊を追い出したのです。人間には不可能なことをイエス様は可能にしたのです。この人はイエス様によって人生を変えられたのです。人間、そんなに簡単に変われるものではありませんが、イエス様の力をもってすれば不可能なことなどありません。
イエス様は今でも生きておられ、わたしたちの人生を変えることを望んでおられます。しかし、これには条件がありますね。見えない部分を見る、つまり創造主なる神様を信じて霊的な力を頂き、イエス様を父なる神の一人子であると認めることです。悪霊にとり付かれた人も目に見えない部分を見たのです。人間イエス様をみて、父なる神様の一人子をみていたのです。
あなたは、イエス様によって人生を変えていただきたいと思っていますか。まずはイエス・キリストを神の一人子として信じることです。
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