こんにちは。
旧約聖書は家族、親戚関係の大切さを教えています。旧約聖書に信仰の基礎をおいた1世紀のユダヤ人たちも例外ではありません。そんな時代にイエス・キリストは周囲を驚かせる発言をします。今日はその箇所を読んでみましょう。
マルコ3章31節-35節をお読みします。
3:31 イエスの母と兄弟たちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた。
3:32 大勢の人が、イエスの周りに座っていた。「御覧なさい。母上と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます」と知らされると、
3:33 イエスは、「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか」と答え、
3:34 周りに座っている人々を見回して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。
3:35 神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。」

イエス・キリストは、父なる神の一人子であり父なる神と共に天地万物を創造されました。わたしたち人間は、神によって創造されたのです。本来、神の子供としての特権を持っていたのですが、自ら神から離れたのです。神の存在も権威も認めなくなってしまったのです。これが、聖書が説明する罪です。
イエス・キリストは人間として生まれこの地に住みました。神の御心を伝えるために天から下ってきたのです。人間の体をもっていましたから、わたしたち人間の痛みもご存知です。つまりイエス・キリストは両方、神と人間を知っているんです。その意味でイエス・キリストは父なる神と人間の仲介者になられたのです。
ヨハネの福音書1章10節―13節には次のように書かれています。読んでみましょう。
1:10 言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。
1:11 言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。
1:12 しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。
1:13 この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。
イエス・キリストを信じる者は誰でも神の子供として認められるのです。罪を犯し死んでいたわたしたちは、イエス・キリストによって神との関係を修復していただくのです。イエス・キリストは父なる神の御心を行う者は兄弟姉妹と言っています。直接の血はつながっていませんが、元を正せば人間みんな父なる神から生まれたのですから、当然ですね。
そうかと言って、イエス・キリストは自分の母や兄弟姉妹との縁を切ってしまったのでしょうか。そうではありません。血肉でつながっている家族も大事です。でも霊的な家族はもっと大切です。なぜでしょうか。それは創造主なる神につながる家族だからですね。
イエス・キリストを信じましょう。
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