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聖霊を冒涜する者

  • 2009年8月 1日(土) 08:28 JST
  • 投稿者:
    masanngk

お元気ですか。

今日はマルコ3章20節ー30節をお読みします。

3:20 イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった。
 3:21 身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。「あの男は気が変になっている」と言われていたからである。
 3:22 エルサレムから下って来た律法学者たちも、「あの男はベルゼブルに取りつかれている」と言い、また、「悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と言っていた。
 3:23 そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、たとえを用いて語られた。「どうして、サタンがサタンを追い出せよう。
 3:24 国が内輪で争えば、その国は成り立たない。
 3:25 家が内輪で争えば、その家は成り立たない。
 3:26 同じように、サタンが内輪もめして争えば、立ち行かず、滅びてしまう。
 3:27 また、まず強い人を縛り上げなければ、だれも、その人の家に押し入って、家財道具を奪い取ることはできない。まず縛ってから、その家を略奪するものだ。
 3:28 はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される。
 3:29 しかし、聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う。」
 3:30 イエスがこう言われたのは、「彼は汚れた霊に取りつかれている」と人々が言っていたからである。

ユダヤ人教師たちや律法学者たちは、イエス・キリストを単なる人間に過ぎないと思っていました。自分たちの権力や権威を脅かす者と考えていたのです。しかし、イエス・キリストが人々の病を癒している事実は否定できません。苦肉の策として、律法学者たちは、悪霊によって悪霊を追い出しているとイエス・キリストを公然と非難し始めたのです。つまりイエスが悪霊に取り付かれているからこのような力があるのだと主張したのです。 

律法学者たちは神の一人子であるイエス・キリストを罵ったばかりでなく、イエス・キリストに宿っている聖霊を冒涜したのです。イエス・キリストはわたしたちと同じように人間の肉体を持っていましたが、同時に100%神であったのです。神が人となって住まわれたのです。この一点をユダヤ人教師たちは認めようとしませんでした。
 
さて21世紀に住むわたしたちはどうでしょうか。状況は1世紀の時とあまり変わりはないようです。イエス・キリストが悪霊をもっていると公然という人はいませんが、イエス・キリストが単なる人間に過ぎないという主張する人は大勢います。イエス・キリストの奇跡の業は、ただの伝説にすぎないと考える人たちもいるでしょう。ユダヤ人律法学者たちも彼らのプライドゆえに信じることが出来なかったのように、現代人もイエス・キリストを神の一人子として信じていません。実はイエス・キリストを神の一人子として信じないのは、間接的に聖霊を冒涜することにつながるのです。
 
その逆も恐ろしい話です。ちょっと考えてみてください。牧師が言うことは自分で調べもしないで何でも信じるという人が大勢いたらどうでしょうか。あやつられるように動いたらどうでしょうか。マインドコントロールをしてあなたをロボットのごとくあやつったらどうでしょうか。
 
このようなことを主イエス・キリストは望んでいません。主の御心ではありません。正しい判断をするように主イエスはわたしたちに勧めています。他人のプレッシャーを受けて信じるのではありません。それでは本物の信仰とはいえません。
 
神の一人子であるイエス・キリストはこの地上で人間として住まわれました。人間の目に見える形で神の業をなさったのです。しかし、今イエス・キリストはわたしたちの目には見えません。しかし、心の目によって信じるのです。目に見えない力を信じるように、イエス・キリストを信じるのです。

 

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  • 祈ること、信じること、霊なる糧を得る事。
  • 投稿者:ゲストユーザ on 2009年8月15日(土) 09:43 JST
祈っている時に感じる事…イェス様の十字架での死後、もうひとつの助け主として主を信じる私たちクリスチャンだけに神様が注いでくださる霊的な恵みが聖霊です。その聖霊によって見えないお方を信じ、霊感によって記されて聖書を真の神の言葉と信じ、神様からの霊なる糧として、心の内に素直な心で受け入れる事が出来るのです。祈りは、神様と話をする唯一の手段。ですから、絶えず祈りなさいと…聖書も神様の御心を知る為には毎日拝読することが信仰を成長させる為にはとてもたい大切なのです。目で見る事が出来ない方だからこそいつも私たちの側におられ、神様の御心に従い歩む者には優しく励まし、恵み、祈りに答えて下さるのです。神様の御胸に叶う世の証し人のひとりとして備えて下さる様に… Amen

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