梅雨空が続く毎日にですが、いかがお過ごしですか。2週間くらいローマの手紙の解説をしてきました。今日からは、マルコの福音書を中心にお話していきます。
何か事を始めるには何事も準備が必要ですね。たとえば、大学進学、就職、結婚、子育て、もっと身近なこととしては料理をするためにも準備が必要です。イエス・キリストの働きも同じことが言えるのです。マルコの福音書1章1節―8節を読んでみましょう。
洗礼者ヨハネは、主イエス・キリストの働きの準備をした人です。どんな準備をしたのでしょうか。人々が主イエス・キリストのメッセージを聞くための準備です。人々は罪を告白して悔い改めたのです。でも今このメッセージを聴いている多くの人にとって、罪とは聞きなれない言葉かもしれませんね。罪の告白によって、人々は自分の心に潜む悪い思いを洗いざらし出したのです。憎しみや憤り、あるいは嫉妬心といった悪い考えから、愛、親切、平和といった良い考えに心を向けたのです。これが悔い改めです。
さらに洗礼者ヨハネは、主イエス・キリストがどんな方が証言します。恐れ多くも自分自身が近づくこともできないような方であるというのです。なぜでしょうか。イエス・キリストは天にいらした神の子だからです。神が人間のかたちをとってこの地上に生きましたが、100%同時に神であったのです。この方は聖霊、つまり神の聖霊によってバプテスマを授けるというのです。イエス・キリストのバプテスマの意味は、この福音書の中で徐々に説明されていきます。ごいっしょに徐々に学んでいきましょう。
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