今日はクリスチャンになる意味について、ごいっしょに考えてみましょう。日本では、クリスチャンといっても非常になじみがうすいのが現実です。ですからイメージがわかないかもしれませんね。
クリスチャンは非常に簡単に言えばイエス・キリストの弟子です。文字通り、イエス様とは師弟関係にあるのです。クリスチャンは、日々の生活のなかでイエス様の父なる神様を慕い求めます。かといって特別な格好をしているわけではありませんから、見かけだけでは区別がつきません。クリスチャンは、一般的な善良な市民と同様、社会秩序を守ろうとする人です。
しかし、クリスチャンの判断基準が違うのです。これは非常に重要な点です。同じよい行いをするにしても、その根拠が違うのです。神様の恵みや教えにあるといえます。クリスチャンは神様のしもべです。神様に仕える召し遣いともいえますね。
12:1 こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。 12:2 あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。(ローマ12章1節ー2節)
世に倣ってはいけませんと書かれていますが、ちょっと不思議に思いませんか。世の中で生きているのにこの世に倣ってはいけないとは、どんな意味なんでしょうか。この世の中の基準、つまり人間の基準が神様の基準とはあまりに離れているからです。もしクリスチャンが2つの基準に足をかけて二股をかけていたら、股裂きのように痛くなってしまいます。股が切れてしまいます。
この世の中の基準は悪魔が大きなところで影響しています。悪魔の声は人間一人一人にささやきます。あなたは一番ですよ。あなたはいつも正しい。あなたの才能を伸ばすために好きなことをやりなさい。この言葉に一人一人が従ったらどんな世の中になりますか。今の世の中を見れば一目瞭然でしょう。
今、このメッセージを聞いているあなたはクリスチャンではないかもしれませんね。ぜひ聖書を読み始めてください。クリスチャンの方はさらなる成長を。
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