自由という言葉を辞書で調べてみました。「他からの強制・拘束・支配などを受けないで、自らの意志や本性に従っている・こと。」とあります。人間は本当に自由かとイエス様に聞いてみると、答えはノーなんです。人間は本当の意味では自由ではないというんです。その真意はというと、人間の本性にある欲望の奴隷になっているという言うんです。これはきつい言葉です。そのまま「わかりました。わたしは奴隷です」とは誰も認めたくないでしょう。
心にある欲望や自我の奴隷になっている自分に気づかされたのです。逃れたくても逃れられないジレンマのようなものがありました。心の中で悪い思いを抱く者はすでに罪を犯していると聞いた時に、はっと思いました。これは年がら年中だなと気づいたのです。つまり、わたしは完全に自分の悪い思いに振り回されていたのです。
しかし、良いニュースがあります。この奴隷状態から解放される手段があるんです。イエス様の弟子になることです。イエス様の教えに従い生きていくのです。ローマの手紙8章1節―2節を読んでみましょう。
イエス様に従っていればわたしたちの罪がもたらすジレンマ、奴隷生活から解放されます。何と素晴らしいことでしょうか。この世の中で生きている限り、わたしたちは罪に対処しなければなりません。他の人の罪であったり、また自分自身の罪であったりです。さらに罪は多くの苦しみや悲しみをわたしたちにもたらしますが、イエス様に従う人には大きな癒しのわざがあるのです。イエス様はわたしたちの心を清めてくださるのです。
人間が聞かなきゃ損なことってありますか。安売りの情報でしょうか。でもそれも一時的なものに過ぎませんね。イエス様の福音のメッセージは一時的に消えるのではなくて、永遠に残るものなんです。だからイエス様を受け入れましょう。
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