今まで、ローマ1章―7章までお話してきました。テーマは人間の罪と信仰でした。8章からは、テーマは変わって、人間の救いと信仰が主なテーマになります。今日は、趣向を変えて私自身の経験も交えてお話しします。
さて、創造主なる神様はわたしたちの罪を言い述べて、わたしたちを責めているのでしょうか。わたしたちの愚かさを責め立てているのでしょうか。いや、その逆なのです。人間社会の中で人間の罪は圧倒的な力をもって、わたしたち自身を苦しめているのです。苦しんでいるわたしたちに、神様は手を指し伸ばしてくださっているのです。
わたしは、20代の頃、本当に愚かなことばかりをして、自ら墓穴を掘っていました。実家が酒場だったので、いつもお酒は手の届くところにありました。子供の頃は、酔っ払いを見てはあんな人間にはなりたくないと思っていたものです。ところが、自分が高校生になった頃はお酒の世界にはまっていたのです。そんな愚かな行いを繰り返しながら、24歳の時に交通事故を起こしてしまったのです。その一年間は、その他にもいろいろな災難がふりかかりました。神様が気づきなさいとわたしに試練を与えてくださったのでしょう。病院のベットの中で、自分の人生で何を求めているのだろうかと考えうめきました。一人ぼっちのような孤独感と絶望感が、毎日襲ってきていました。
それから何年か過ぎても、わたしの悩みはとまりませんでした。いつもモヤモヤしてたものが頭をぐるぐる回っていました。そんな時に、イエス様のことば、聖書の言葉を読み始めました。悩み苦しんでいるわたしに投げてくれたロープにしがみ付きました。イエス様は、わたしに「しっかりつかまっていなさい。今、引き上げてあげるから。」
あなたにも同じロープが投げられています。しっかりとつかまっていてください。あなたの苦しみや悲しみをイエス様にゆだねてみてください。
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