イエス・キリストは、ご自身が十字架にかけられ殺され三日後に復活するという預言をしましたが、弟子たちはまだイエス・キリストが何のために天からいらしたのかを理解していなかったのです。弟子のペテロは「そんなことはあってはならない」と思ったのでしょう。しかし、イエス・キリストはこの弟子が神の御心を理解していないのを見てとると、「さがれ、サタン」と戒めたのです。(イエス・キリストの十字架の意味)を詳しく知りたい方はクリックしてください。
この聖句の衝撃的な点がもう一つあります。それはキリストを主と信じる者も十字架を負って生きていく宿命をもっているということではないでしょうか。神はクリスチャン(キリスト者)もイエス・キリストの道を歩むように計画されたのです。神に仕え人々に仕える道をクリスチャンのために用意されました。
クリスチャンの模範はどこにあるかと言えば、イエス・キリスト以外にはありません。イエス・キリストを主と仰ぐ人は必然的にキリストと同じ道を歩むことになります。自分の命を救おうと思う人は失い、イエス・キリストのために失う人は救われるのです。実は、ここに神の救いの業の不思議があります。不可能を可能にしてくださる神の力が働くのです。人間は自分の手で人生を救おうとありとあらゆる手段を用いますが、実は「どれも無駄である」、とキリストはおっしゃっているのです。
さてあなたはどの道を選ぶのでしょうか。「聞く耳のある者は聞きなさい」といわれます。心の耳を広くあけてみましょう。