聖書

聖書入門ーキリストの十字架と愛

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8月25日 
マルコ8章11節ー21節

私たち人間は、目に見えないものは信じないという習性があります。同時に多くの人が心霊写真など異様なものには妙に心を引かれ信じてしまうのも事実ですね。

1世紀のユダヤ人たちもイエス・キリストにしるしを求めました。目に見えるかたちでイエスがキリスト(メシヤ)であることを知りたかったのでしょう。しかし、イエス・キリストはこのような不信仰な人たちにはあえてしるしを見せませんでした。なぜでしょうか。

イエスの弟子たちも同様です。イエスが数千人の人たちにパンを与えたという奇跡を見ながらイエス・キリストを本当には信じていなかったのです。イエス・キリストの真意を理解していなかったのです。しるしを見れば信じるという人たちがいますが、本当にそうでしょうか。

信仰とはそもそも「望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。」(ヘブル11章1節)私たちに神を見ることは出来ません。イエス・キリスト以外、神の存在を知っている方はいないのです。イエス・キリストはご自分が父なる神から遣わされて神の御言葉を話していると証言しています。さらに「神を信じ私を信じなさい」とおっしゃっています。さて私たちはどのようにこの問いかけに応えたら言いのでしょうか。信じるか否か、イエス・キリストの御言葉を精査すれば結論がでます。まず福音書を読んでみましょう。

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