オリンピックを見ているとさわやかな気持ちにさせられるのはなぜでしょうか。それは勝っても負けても一生懸命やった人たちがさわやかな顔をしているからでしょう。銀メダルでも銅メダルでもそこに笑顔があるからでしょう。このような素晴らしい競技を見て世の中の悪を忘れるのもつかの間、現実を振り返ると大きな悪がうねりとなって人々を苦しんでいるのを見ることができます。中東の戦争(イラク戦争、アフガン、イスラエル)のほかにまた新たな戦争がロシアで勃発したり、中国では未だに人権を認めないような事件が後を絶ちません。また北朝鮮の拉致問題も解決の見込みはつきそうにありません。さらに国内に目を向けてみると殺人事件が次から次へと起きています。このような事件は、オリンピックの影に隠れてしまっているのでしょうか。それとも、このような事件が日常茶飯事に起きているので驚きに値しないのでしょうか。いずれにせよ、人々の関心は薄いように思えます。
悪意、憎しみ、殺意、貪欲、憤り、傲慢、好色、ねたみなどから起きる人間の悪行は、人類の永遠のテーマかも知れません。悪の大元は私たちの心に宿っているのですから、私たちが心を改めなければ今の世の中の諸悪は続いていくでしょう。いくらうわべを繕ってもダメです。悪は袋から悪臭がもれるように、毒が容器を腐食して出てくるように、世の中に入り込んできて人々の心を蝕むのです。では私たちにこの罪の世界から救われる手立てはないのでしょうか。
答えの鍵はイエス・キリストが持っています。私たちは罪に対しては無力です。自分の欲望に負けてしまう無力な自分が存在するのです。オリンピックのために厳しい練習を耐えてきた人たちも、、実はこの欲望には勝てることが出来ないのです。イエス・キリストの教えを聞けばこの事実がもっとはっきりしてきますので、ぜひ聖書を読んでみてください。