イエス・キリストは5000人の人たちに食事を与えましたが、聖書にはイエスがどのように食事を与えたのかは書かれていません。このようなことは科学的に不可能なことだから信じないという人もいます。私も最初に読んだ時には、「あれ?こんな事あるのかな?」と考えました。
人間は何事につけ常に「どのように?どんな方法で?」を求めているようです。その発想力があるからこそ、様々な物を作り出すことが出来るのでしょう。神様の業について「どのように?どんな方法で?」は私たち人間が知る必要がない分野ではないでしょうか。創世記1章には神様が天地万物を創造されたと記録されていますが、「どのように?どんな方法で?」は詳しく書かれていません。「それを知らなければ信じない。この目で見なければ信じない」と言い張るところに人間の愚かさがあります。
私たちは、天の星空や太陽や月、海や山を見てただ驚くばかりでしょう。神様が創った自然の完璧さに驚嘆する以外ないようでしょう。天地万物を創造した神様が5000人の人たちに食事を与えたからといって驚きには値しません。すべてを支配したもう神様にとって不可能なことなどないからです。もちろん人間には不可能ですが、、、。
私たちはガソリン代が上がったといって右往左往しているのが関の山です。創造主なる神様は、私たちが必要なものをご存知です。私たちが神様の御国と義を求めれば必要なもの、衣食住すべて与えられると約束されています。イエス・キリストの言葉を信じましょう。この約束は破られることは決してありません。100%信頼できる言葉だからです。