1世紀のユダヤ人にとって旧約聖書が信仰の土台でした。その信仰の実践として様々な決め事がありました。特に安息日を守ることと男性であれば割礼を受けることは非常に大事な規則でした。
安息日には出来ること、出来ないこと、事細かな規則があったのです。これは律法学者たちによって作られました。これは人間の決め事です。イエス・キリストもユダヤ人です。当然、律法学者たちはイエス・キリストもこの規則に従わなければならないと考えていました。
ところが、イエス・キリストはユダヤ人教師が注視している目の前で堂々と彼らの規則を破るのです。イエス・キリストは彼らの質問に旧約聖書を引用して答えます。ユダヤ人が王国再建の希望をおいていたダビデ王の行いを引用して答えたのです。これに対してユダヤ人教師たちもただ黙るしかなかったのです。
さらにイエス・キリスト非常に重要な原則を言っています。神の律法は人間のために与えられたのであり、その逆ではないというのです。すべての神の教えは私たち人間にとって恵みなのです。人を束縛したりするものではありません。
現代のキリスト教の世界に通ずる教えではないでしょうか。キリスト教を名乗る人を束縛するカルト集団があります。そのような集団を見極めるにはやはりイエス・キリストを基準とするしかありません。イエス・キリストの教えを吟味してみましょう。クリスチャンではない方も祈ってみてください。聖霊なる神があなたを導いてくださいますように。